親ガチャという言葉が気持ち悪い・うざいと感じる理由と、不快感の正体

「親ガチャ」という言葉に、違和感や不快感を覚える人は少なくありません。

ネットを見てみると、「親ガチャ」に嫌いな感情を抱く人を多く見かけます。

一方で、「親ガチャ」という言葉を使わざるを得ないほど、苦しい家庭環境を過ごしてきた人もいます。

この記事では、「親ガチャ」という言葉がなぜ気持ち悪い・うざいと感じるのか、3つの視点から分析し、親ガチャの捉え方について整理してみます。

「親ガチャ」を気持ち悪いと感じる3つの理由

①他責にしているように見える

親ガチャという言葉を使っている人に対し、自身の努力不足を両親のせいにしていると感じる場合です。

私も親ガチャという言葉は嫌いです。そう言っておけば自分に責任がないみたいに思っている子供は本当に嫌です。何かのせいにすれば自分は楽ですからね。

うん。親ガチャ嫌です。自分もいわゆる毒親の下で育ったけど、なんでもかんでも親のせいにしたくないです。自立してれば自分でなんでもやろうと思えばできるし、親なんかと関わらなきゃいい話。

恵まれない家庭環境で過ごしている子がいる一方で、カジュアルに「親ガチャ」を多用している人に対する嫌悪感があるようです。

②親への配慮がなく失礼な言い方に聞こえる

親視点で見ると、一生懸命育てているはずの自分の子どもが「親ガチャ失敗」と言うのは、親に対して失礼であるという意見です。

確かにダメな親もいますが、貧乏でも一生懸命働いている親に親ガチャ外れたなんて言うのは違うような気がします。

愛情深く育てている(つもり)の親が、子供と意見が食い違ったときに気軽に「親ガチャ失敗」なんて言われていることを知ったら、親としては死ぬほど心苦しいと思うのですが…。

③深刻なケースが見えにくくなる

親ガチャをカジュアルに多用する人が増えた結果、育児放棄や虐待を受けている子の声が届きにくくなってしまうことを危惧するケースです。

僕も嫌いです。 親ガチャと言っている人には 複数種類があると思います。 一つは、単なる思春期特有の反抗態度。 殆どはこれに属すると思います。 もう一つは、虐待や精神的攻撃をする親による本当に困窮している子供の叫び。 この叫びが埋もれてしまうのが嫌で仕方がない。だから親ガチャとは言わず、確たる具体性のある情報をネットで言って欲しい。 怖いけど、勇気を持って。

一方で「親ガチャ」が刺さる人の背景

「親ガチャ」への違和感や嫌悪感を感じる一方で、実際に家庭環境に苦しんできた層もいます。

それは、本人にはどうすることもできない環境で、

  • 日常的に暴力を受けていた
  • 親の依存症やメンタル不調に振り回されてきた
  • 経済的理由で進学を諦めざるを得なかった
  • 愛情を注がれた記憶がない

といった経験を抱えてきた人たちです。

このような人にとって、「親ガチャ」という言葉が自分の苦しみを言語化できる手段であり、それが気持ちを整理するきっかけになることもあります。

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「親ガチャ」へ感じる不快感の正体

親ガチャという言葉は、カジュアルに使ってしまっている場合に嫌悪感や不快感を抱かれるケースがほとんどです。

親ガチャという言葉自体は私も嫌いです。 ある程度節約が必要だけどまあ普通に学校にも通わせてもらえている程度の子たち (要は、中流家庭の子たち)が 親に料金を支払ってもらっているスマホをいじりながら、 「うちは親ガチャハズレだわ〜」などと雑談しているイメージだから。 その子たちの言う「アタリの親」とは、 ブランド物をポンポン買い与えてくれたり、海外旅行に毎年連れて行ってくれたりという親のこと。 華やかな世界が当たり前に見えてくる、SNS社会の影の部分ですよね。 あんたたち普通の生活できてるくせに「ハズレ」だなんて何言ってんの?って感じです。

「親ガチャ」という言葉に不快感を抱く正体は、言葉をカジュアルに使う人への違和感にあります。自分の思い通りにならないことを「親ガチャ」で片付けてしまう姿に、親へのリスペクトの欠如や他責思考が透けて見えるからです。

結局「親ガチャ」という言葉と、どう向き合えばいいのか?

相手を否定せず、自分の価値観として持っておくに留めるのが最善でしょう。

「親ガチャ」という言葉ひとつにしても、さまざまな環境の人がいます。

大切なのは、言葉の使い方や文脈を見ることです。カジュアルに使っている人と、本当に苦しんでいる人を同じ枠で批判してしまうと、本当に助けが必要な人の声がかき消されてしまいます。

「親ガチャ」という言葉への向き合い方は、そのまま「自分と違う価値観を持つ人」への向き合い方でもあるのかもしれません。